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シリーズ「探偵の探偵」の序曲


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松岡圭祐『探偵の探偵』講談社、2014)

 

 主人公の紗崎玲奈(ささきれな)は探偵の探偵である。しかし、厳密には両者は同じでない。前者は悪徳探偵。後者はその悪徳ぶりをあぶりだす探偵だ。つまり、玲奈は悪徳探偵をあぶりだす探偵だ。ある意味、「同業者潰し」である。そういう役割を認めさせ、探偵事務所(表向きは調査会社)の中に対探偵課を設けてもらう。

 本書はその設定をおこなう序曲のような作品だ。

 玲奈がどうしてそんなことをするのか。その背景が語られ、悪徳探偵との死闘が始まる。

 本書はたしかに設定の書なのだが、その中に玲奈の特徴がだんだんと形をとって見えてくるところがおもしろい。暴力的な場面が多いが、そこに本質はない。暴力が発生するのは玲奈の意志に対する妨害としてであって、玲奈はそれを排除してゆく。

 玲奈はそのはるか先を見つめている。本書ではそれは私怨を晴らすことのようにも見える。だが、まだ分からない。

 玲奈は鉄のような意志をそなえるだけでなく、目立たないが心優しい一面もある。しかし、そのような優しさを覆い隠すほどの組織的な闇の力が玲奈に襲いかかる。

 本シリーズは、おそらく探偵業の虚実を、探偵業法施行(平成19年6月)以降の世の中において、警察との関わりをからめつつ、若い女性探偵の執念を秘めた個性を軸として描き出すものになるのだろう。

 松岡圭祐の従来のシリーズと比べると、ややトーンが重い。華やかさは殆どない。探偵業の闇をあぶりだそうという主旨があるからだろう、放っておいても暗くなりがちだが、暴力はあくまで通過点だとの意識がほの見える。そうでなければやりきれないほど、主人公たちをめぐるバイオレンスは凄まじい。

 しかし、読むのはやめられない。なぜだろう。主人公、紗崎玲奈は妹をストーカーに殺された。警察の協力も仰ぎつつ、家族があらゆる手を使って妹をストーカーから遠ざけたにもかかわらず。犯人が妹にたどりついたのは、探偵に依頼した「所在調査」という名の追跡によるものだった。犯罪者を利するような「所在調査」なるものが、しかもおそらく違法な調査が、許されてよいものか。そう主人公は考え、探偵のすべてを知ることを人生の目的に掲げている。

 この問題は読者にとって決して他人事でない。悪徳探偵業者の実態を本書で知れば知るほど、ひとりひとりがプライバシーの管理に用心しなければならないことを痛感させられる。

 松岡作品の特徴のひとつに蘊蓄があるが、本シリーズの蘊蓄は、現代社会を生き抜くうえでおそらく必須のスキルに関わることだ。ミステリ仕立てにはなっているが、誰にも起こり得る、すぐ隣の恐怖を織り込みつつ、新しい探偵業法の施行以降の現実を読者に啓蒙する役割も担っているような気がする。特に、探偵と警察の周辺に見られる法すれすれのあれこれは、フィクションの形ででもなければ、とても書けないだろうと思わせられる。今後の展開が楽しみになる。