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浮かび上がる母親のかげ――栞子を上回る存在登場?


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三上延ビブリア古書堂の事件手帖3 ~栞子さんと消えない絆~』アスキー・メディアワークス、2012)

 

 古書ミステリ・シリーズの第3作。3つの古書をめぐる謎を若き古書店主、栞子が解明かす。

 第1話ロバート・F・ヤングたんぽぽ娘』(集英社文庫)で登場する滝野蓮杖(古書店滝野ブックスの息子)の人物評によると、栞子は<どちらかというと切ないというか、胸が熱くなる系の話の方が好み>であり、滝野じしんは<どちらかというと、気色悪いというか、胸クソが悪くなる系の話が好みなんだ。ホラーとかサスペンスとかな。篠川の奴も色々読んでるが、残酷な描写にも意味を求めるくせがある。>とのことだ(67頁)。この読書人の二分法は粗いったらない。胸が熱くなるのに意味を求めているとは思えないし、どちらの系も好きという人も多かろうに。理屈抜きで好みは分かれるというのなら、話はまだ分かる。

 『たんぽぽ娘』はSF。時間旅行もの。240年後の未来から来た金髪の娘(二十歳くらいに見える)と、現代の44歳の男性が恋におちる話。「俺」に顔を寄せて、栞子は彼らが初めて会う場面での娘の言葉を語る。状況だけでドキドキする。

おとといは兎を見たわ。きのうは鹿。今日はあなた(55頁)

伊藤典夫の名訳だと思うけれど、原文も読みたくなるではないか。

Day before yesterday I saw a rabbit, and yesterday a deer, and today, you.

この台詞は、最初に彼女を見かけて男が想う、詩人エドナ・セント・ヴィンセント・ミレーのイメジにぴったりだ。本短篇("The Dandelion Girl")が刊行された1961年当時だと、この詩人の名前を出せば、みな瞳に星が浮かんだだろう(意味不明)。

 第2話は不思議な題がついている。『タヌキとワニと犬が出てくる、絵本みたいなの』。もちろん、これは書名ではない。この話では書名を探し出すことそのものが謎解きになる。

 第3話宮澤賢治春と修羅』(關根書店)は栞子の母親の同級生からの依頼。この話は今後に向けて大きな波瀾要素となりそうだ。母親、智恵子は栞子にそっくりで、古書にからむ複雑な問題の依頼を受けるという仕事はそもそも智恵子が初めだったことが次第に明らかになる。

 3巻目ともなると、そろそろ古書ミステリにも飽きてくるころだが、この母親をめぐる謎は現在進行形で、読者の胸にふかく刻まれる。いやでも今後に対する興味がふくらむ。