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アイルランド語初歩の語彙集として愛すべき書


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三橋敦子編纂『ゲール語基礎1500語―アイルランド(大学書林、1985)

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 2015年現在2,808円で販売。30年前の本がまだ絶版にならない点で大学書林は偉い。但し、出版当初と題名は変わった。ダッシュ以下の「アイルランド」が附いた。スコットランドゲール語ではないと断るためか。

 1500語で何の役に立つかと思う向きもあるだろうが、1500語でも活用できれば大したものである。日常語でよく使う語彙の大半は500語以内だろうからあとは分野ごとの特殊語彙を知っていれば相当役に立つ。

 編者は故三橋敦子さんである。出版後にアイルランド語言語学は長足の進歩を遂げた。その現在の地平から欠点をあれこれ論うことは意味がない。それよりも今も絶版とならずに残る本書の意義を挙げたほうが生産的である。

 本書第一頁は当時の駐日アイルランド大使ピーター・E・スミスさんによる序文である。もちろん本書を調べてもこの序文は読めない。第一文を見る。難しい語は一語だけだがこれが本書にはない。それは当然で、ionnúsach の語は普通には使わない。古くは ionnmhusach と綴った。ionnmhus (富、資源)〔現代語の ionnús〕の派生語である。25,000語程度の辞書にも普通はない。これを使ってもゲールタハト(アイルランド語使用地域)のネーティヴ話者以外には通じないかもしれない。文章語である。或いは任意寄生菌などの特殊な用法でしか出ないだろう。この語を使った意図は何か。現在普通に使う「裕福な」の意でないことは確実である。この形容詞は直前の「学者たち」にかかるからである。

 一言余計なことを書くと「学者たち」の綴りはおかしい。scoláirí となるべきである。この語は本書に単数形で出るが発音がおかしい。「スコラーィレ」「スコローィレ」などに当たる発音記号を記すべきである。「学者たち」は複数名詞だから形容するなら ionnúsacha となる。

 その意味だが日本の学者たちを誉めるつもりで「新しいことに意欲的に挑戦する」「機知に富んだ」などの意を籠めたものかもしれない。しかし、残念ながら当時日本の学者たちはその意図を理解しなかったか或いは理解するほどの力があれば大使が使うアイルランド語に失望したかのどちらかである。(序文の次の頁に「活力ある……研究家」との訳はある。)

 本文に入る前の最初の文で本書の現在の限界が既に明らかになる。もし、役に立ち信頼できる愛和語彙集や和愛語彙集が必要なら現時点ではアイルランド語文法 コシュ・アーリゲ方言』(研究社、2008)巻末のそれしかないだろう。限界はあるが本書は愛すべき書である。

 

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