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かぎりなくノンフィクション的な東山彰良のルーツ物語


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東山彰良『流』講談社、2015)

 

 1949年の分断以来、初めての中台首脳の会談が2015年11月7日に行われる。この画期的なニュースの意味は本書を読む前と後とでは違って受取られるだろう。本書では中台の分断の緊張感あふれる歴史がふつうの人々の内側から描かれる。歴史が生きたものとして感じ取れる。

 台湾国籍の著者・東山氏の筆名は祖父の出身地・山東(省)を引っくり返したものである。本書はそのルーツをめぐる物語の体裁をとる。しかし、〈この作品の大部分がノンフィクションである〉と氏自身が台湾メディアに語った通り、従来の氏のフィクションとはやや性格が異なる。登場人物の自由な発想・行動による奔放な展開よりは、むしろ事実にひそむ重みが全体を沈潜させるのだ。

 主人公・葉秋生の17歳の観点からその祖父の葉尊麟の物語を語るのだが、著者自身の祖父がかつて国民党の遊撃隊として中国大陸で共産主義者と戦う中で山東省の村の人々を殺害したことが、小説のベースになっている。この物語は著者が何としても書かなければならなかった、あるいはどうしても書きたかったものなのだろう。

 主人公の祖父の死の謎解きが本筋ではあるものの、著者自身が言う通り、〈脱線のところこそまさに僕の書きたいことだったり〉する。でなければ、著者は楽しんで書くことができなかっただろう。若者の喧嘩沙汰や恋愛の苦悩を描きつつ、老人の苦い追想にも共通する哀しみを文章に織込むわざは、東山ならではと感じさせる。

 人間の悲しみを理解することがいかに難しいかを示唆する詩が作中で引用される。〈魚がいいました・・わたしは水のなかで暮らしているのだから/あなたにはわたしの涙が見えません〉。主人公は自分の悲しみに囚われるあまり、他者の悲しみが見えていなかったことに気づく。

 作品の長さは『ブラックライダー』の3分の2ほど。著者渾身のフィクションの傑作『ブラックライダー』で何の賞も取れなかった無念が『ラブコメの法則』にさらりと書かれているが、フィクションのかろみを棄てた重たい本書で直木賞を得たのは皮肉な巡りあわせだ。