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警察の人事が意外な謎をたぐりよせる


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横山秀夫『陰の季節 横山秀夫傑作短篇シリーズ(1): 1』文藝春秋、2001)

 

 横山秀夫の小説家デビューとなった短篇。初出は「文藝春秋」1998年7月号で、同年の第5回松本清張賞を受賞している。単行本は同年10月に他の三篇とともに出版された(のちに文庫化)。D県警シリーズの最初の作品でもある。

 短篇といいながらずっしりと重みがある。この重みは、まず、冒頭の警察人事をめぐる鬱陶しい雰囲気が延々と続くところ、つぎに、人事パズルを解くうえでの壁そのものである、警察を退職し天下り先のポストに収まった人物の重厚さにより醸しだされる。

 読みすすめてゆくうちにその問題の奥深い闇に気づかされる読者は、タイトルにあった「陰」の字をかすかに想いだす。いや、しかし、そもそもは、このタイトルは、人事異動直前の時期に、素案づくりのために籠もるのが、窓を閉め切り、カーテンを分厚く引いた部屋であるからではないのか。だから、「陰の季節」だったはずなのだ。

 しかし、問題は想像をこえた根深いものである。しかも、未解決事件にかかわる。未解決のまま、その指揮をしていた大物刑事は退職を迎えたのだが、その刑事こそ、今回の人事異動パズルの障害であることが判明する。

 天下りがからむ人事異動では、天下り先に収まった者は3年で辞めてくれないと、つぎの者の就職先がなくなる。とたんに、パズルのピースが動かせなくなるのだ。ところが、その大物元刑事は辞めないという。なんとか辞めさせろというのが、主人公の二渡真治に課せられた仕事である。

 という具合に話は進んでゆくが、その過程で接触を試みる相手、尾坂部は断固辞職を拒否する。びくとも動かない。閑職とも思える産廃不法投棄の監視を行う協会の理事ながら、尾坂部は一日中、あちこちの現場で調査をしており、会うことすら困難である。まったくもって不可解である。

 本短篇は、この謎の奥に迫ろうとする二渡が、人事という職務にありながら、刑事さながらの推理を働かせてゆく異色のミステリー小説である。尾坂部という人物の巖のような存在感が強く印象に残る傑作。