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生きて歩く植物図鑑のような男と暮らす


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有川浩『植物図鑑』角川書店、2009)

 

 有川浩がケイタイ小説サイト「小説屋 sari-sari」(2008年6月~2009年4月)向けに、「女の子の旅と冒険」という注文を受けて書いた「植物図鑑」と、「野生時代」(2009年6月号)向けに書いた「午後三時」(本書では本篇へのカーテンコール)、および単行本(2009)での書き下ろしのカーテンコール「ゴゴサンジ」の三篇をまとめたもの。

 物語のフォーマットは「落ち物」。つまり、「ある日空から僕の目の前に女の子が落ちてきて」の型。ただし、本作では男女が入替わる。女の子の前に、貧乏旅行中に行き倒れた男の子が落ちてくる。その青年は歩く植物図鑑かと思われるほど山菜や野草の知識が豊富。その青年に手ほどきされるままに、道草を存分に楽しむ物語。カップルの道草料理と恋愛が主テーマ。

 自衛隊シリーズのような硬派なところはないけれど、インドア派の著者が与えられた注文に応えた奮闘ぶりが楽しい。ただし、行き倒れた男を女が拾ったからよかったのであって、これが逆であれば問題となったケースがある。20世紀モダニズムの巨人、米詩人パウンドは、大学でロマンス語文学を講じていた時代に、行き倒れた女性を助け、下宿に泊めてやった。もちろん、本作と同じように、ナイトのような行為であった。ところが、それが問題となり大学から解雇された。仕方なく、パウンドは米国を出てイタリアへ渡り、のちに英国に行き、ヨーロッパのモダニズム文学に旋風を巻き起こす。人生どう転ぶか分からない例ともいえるが、ともあれ、この組合せは現代でも問題になり得るだろう。

 本作ではところどころ推敲不足というか、いつもの有川にしたら安易な文章が散見されるが、中にさすがと唸らされる文章も、もちろんある。書き下ろされた「ゴゴサンジ」の次の文章など好例だ。行き倒れの青年が泊めてもらった翌日、お礼につくった食事についてこう書く。

ただの一度、別れ際の挨拶のように礼儀正しく振る舞われた一かたけのその温みを手放したくなくなった。

すばらしい。これが有川の本来の文章だ。「かたけ」とは古風な言葉だが、「片食」と書く。「かた」は対となるものの一方。「け」は食物を盛るうつわの笥(け)から転じて食事の意。近世は朝夕2食だったので、そのうち1回の食事を「かたけ」といった。結局、「かたけ」は食事の度数を数える語となる。

 この「ゴゴサンジ」が有川の本来の姿だとすれば、本作全体は違った面が見えてくる。女の子の前にイケメンが落ちてくるなんて設定は、女性からすれば夢のようなものかもしれない。男の子の前に美少女が落ちてくる設定しかなかったほうがおかしいともいえる。その新奇な型から発展する恋愛がもちろん本筋ではあるのだが、加えて、路傍の草花に宝が隠されていること、日本にはまだまだこういう道草の楽しみがあること、ちゃんと知って料ったら、これほどおいしいものはないこと、等々の知られざる日本の側面もまた、さりげなく浮かび上がってくるのだ。

 もう一つ。ヨモギをくれるビニールハウスのオジサンが実にいい味を出している。去年いた彼はいないのかと訊かれたときの会話。

「はい。ちょっと旅に出ちゃって。放浪癖のある人だから」
「そいつは困ったもんだな、待つ側の都合も考えてくれにゃあ
 その相槌ですとんと何かが腑に落ちた。

この「待つ側の都合も考えてくれにゃあ」は、有川作品にときどき出てくる知恵ある老人、たとえば、『空の中』の宮じいが言いそうなせりふだ。このような温かみのある言葉は、一宿のお礼として振る舞われる食事の温みとも相まって、有川文学の日本的な潤いのある文章の特徴となっている。

 

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