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この人たちが私を作家にしてくれたことを一生忘れません(有川浩)


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有川浩塩の街(2004;角川文庫、2010)

 

 これを読みながらいやでも現在は奇跡のようなときであると思う。一人が一つ携帯を持つような便利な時代。どこへ行くにも道路も鉄道も飛行機も使える時代。政府があり役所があり行政機能も当たり前のように存在している時代。必要なものは何でも店で買える時代。

 これらすべてが失われた近未来が本書の舞台。著者が「怪獣モノ」と呼ぶ作品だが、その怪獣はふつうに思い浮かべるようなものではない。その怪獣(外見は塩の結晶)からもたらされる被害は塩化である。人が塩の柱になってしまう。ちょうど創世記のソドムとゴモラの故事のように。この怪獣はある日、地球上の人口密集地に次々に宇宙から飛来した。

 怪獣を処置するのは現実的に考えて自衛隊だろうと著者はいう。空自の腕利きパイロットが主人公の一人だが、吐く科白はダーティ・ハリーのそれ('Go ahead, make my day')で、徹底的に男くさい。

 一方で、もう一人の主人公の女子高生を含めた女性登場人物の内面についても、きめ細かに描写され、手に取るようによく分かる。いったいこの小説はどんな人が書いているのかと思ってしまうが、女流作家、有川浩(ひろ)のこれがデビュー作であると聞けば、頷ける。第10回電撃ゲーム小説大賞(2003年)を受賞した。

 書誌情報をしるすと、その受賞作は『塩の街 wish on my precious』の題で、2004年に電撃文庫メディアワークス)で出た。その後、2007年にメディアワークスから単行本『塩の街』として出版され、さらに、2010年に角川文庫『塩の街』として出た。最初の電撃文庫と比べて、あとの版は後日談として四篇の短篇小説が加えられているほか、電撃文庫版にはあったF14の出撃シーンがカットされている。そのほか、細かい違いがあるらしい。評者が読んだのは BookLive! で入手できる電子書籍で、おそらく角川文庫と同じ内容ではないかと思う。自衛隊三部作の最初の作品。

 内容はすでに語りつくされた感もあるが、デビュー作とは思えぬくらい完成度が高い。SFとしてもミリタリー物としても恋愛小説としても傑作である。主人公のまわりにひたひたと迫る塩化の危機は世界を呑みこむのか。サスペンスもたっぷりある。一点だけ、国文法上の間違いを指摘すると、「願わくば」はいけない。「願わくは」である。「願わく」は名詞相当句なので「ば」が文法的に附くはずがない。江戸期以来のよくある誤りではあるが。

 下に掲げたF14は物語の途中に出てくるもののオリジナル縮小版。背景の銀河が美しい。恐らくはかつての作者のサイトに、まだありました。ぜひ、画像をクリックして見てください。

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