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脳が覚醒する硬質の近未来警察小説


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月村了衛『機龍警察』電子書籍版)

〔底本: ハヤカワ文庫JA『機龍警察』5刷(2012年11月、初版は2010年)〕

 

 まぎれもない傑作。

 この文体の密度の濃さ、重さ。思考の流れの緻密さ。読んでいる間、頭が目覚めていく感覚がある。ちょうどTVシリーズの「シャーロック」を観ているときのような。

 月村了衛(つきむらりょうえ)による『機龍警察』のシリーズは長篇としては現在までに4点出ている。本書はその第1作。ちなみに、第2作の『機龍警察 自爆条項』は第33回日本SF大賞(2012)を受賞し、かつ、『このミステリーがすごい!』(2011年発行の2012年版)で国内部門の第9位に入っている。

 つまり、SFとミステリーの両分野で評価されており、SFと警察小説とのハイブリッド作品といわれる。くわえて、往年のル・カレばりの冒険スパイ小説の系譜に属するとも。

 月村の日本語の安定感は比類ない(「願わくば」と書く点を除く)。現国・古文・漢文の教師(予備校)もしていたらしい。ただし、英語はそれほどでもない。「アライメント」と書くようでは。校正の責任か。

 と、ここまでは本作に関する常識に属するだろう。他の人が触れないであろうような要素を少し書くと、驚くことにアイルランド的要素がふんだんに入っている。しかも、神話的要素と現代的要素の両方が。神話のほうは、例えばダナン神族到来前のアイルランドの伝説的種族名「フィルボルグ」(本書ではフィアボルグ)が、主人公の姿(すがた)警部が搭乗する龍機兵(ドラグーン)の名前に使われている。本書では「アイルランドに伝わる原始の巨人」とされている。

 また、人の死を告げ知らせるアイルランドの女妖精バンシーが、もう一人の主人公ライザ・ラードナー警部が搭乗する龍機兵の名前である。ライザはもと、IRF(アイリッシュリパブリカン・フォース)のテロリストである。もちろん、IRAアイルランド共和国軍)を連想させる名前である。

 彼らが登場する龍機兵はテロリストや兵士が用いる機甲兵装の先を行く次世代機であり、これを擁する特捜部は警察組織の中では異色のセクションである。搭乗者との連携の度合いが従来機をはるかに超えており、警察内部でも、ましてや一般の世界でもその実態は秘密におおわれている。

 そのようにものすごい高性能機による戦闘が繰り広げられるが、本書は予想される派手さを意図的に抑え、地に沈み込むような、硬く重い描写を切味鋭く続ける。それが読者の内部に喚起する像は凄まじい。

 登場人物や情景の描写に凄みがあり、随所で唸らされる。例えば、本書では殆ど活躍の場を与えられていない、關(クワン、謎の企業の社長秘書)の描写は次のような具合である。

隠しようもない負の気配。フロントの警備員達が発していた殺気など足下にも及ばない昏いなにか。

また、姿の回想に出てくる東ティモールのゲリラ戦の描写はこうである。

途方もなく暑い日だった。外の湿気が乗機の装甲を沁み通り、コクピット内で狂気に似た何かに変わる。

 特捜部の凄腕たちは、警察の仲間からはもちろん、一般からもまったく顧みられず、仕事の達成感などとは無縁の、きわめて孤独感の強いプロフェッショナルたちである。淡々と任務を遂行するだけに見えるが、その裏に、非人間的とも思える過酷な状況を生き延びてきた者にしかない深みを湛えており、読後感はずっしり重い。

 

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