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「便利屋」稼業から見えてくる現代的人間模様


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三浦しをんまほろ駅前多田便利軒』(文春文庫)〔2006〕

 

 三浦しをんの小説第4作。直木賞受賞作。まほろ駅前シリーズとしては第1作。

 直木賞受賞は29歳のときで、20代での受賞は4人目らしい。すでに文体はまったく破綻なく、欠点のなさ過ぎるところが、米国の創作学科出身作家に似ているといえるほど。膝を打つような洞察や、苦い笑いを呼ぶダーク・ユーモアなどもふんだんに織込まれている。

 東京都南西部の架空のまほろ市が舞台だが、著者在住の町田市がモデルとされる。まほろ駅前で便利屋を経営する多田啓介と、多田の高校の同級生で偶然の出会いから便利屋の事務所兼住居に転がり込むことになる行天春彦の男二人が主人公である。

 多田は便利屋としてふつうに営業してきたが、行天は常識ではとらえきれない変わった人間であり、その磁場に引寄せられるように異色の人物たちが便利屋の周囲に現れるようになる。そこで生じるさまざまの問題を二人が解決してゆく物語である。

 二人の生活は紫煙の雲海の底にあり徹頭徹尾男くさく、作者が女性であるとは殆ど感じられない。それが感じられる箇所が本作にあるとすれば、多田の言葉「おとなしい女なんていないでしょ。俺は見たことない」(6 「あのバス停で、また会おう」)か。男がいかにも発しそうな言葉に偽装されてはいるが、底には女性ならではの冷徹な観察の裏打ちがあるように感じられる。

 便利屋が請負う仕事は、自分でもやれるでしょと思われるような依頼が多いが、それは「金を払ってでも雑事から解放されたい、ってときがある」(5 「事実は、ひとつ」)大人が世の中にはいるからで、そのような依頼から逆に人生や世の中の複雑さが透けて見える仕掛けになっている。

 依頼する側に複雑な事情があるだけではなく、依頼を受ける便利屋の側にも実は複雑な背景があり、多田と行天の思考様式の底にある謎がだんだん明らかになる過程も読ませる。