Tigh Mhíchíl

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オバケのほうが「人間的」な不思議な世界


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香月日輪『妖怪アパートの幽雅な日常1』講談社文庫、2008)

 

 語り手は高校1年生の稲葉夕士。十三歳で両親を交通事故で失い、以来、伯父の家に暮らしていたが肩身が狭く嫌で仕方ない。早く家を出たくてたまらなかった。高校進学を機に寮生活をすることになり、やっと夢が叶うかと思われた。だが、その寮が火事で全焼。建て直して入寮できるのは早くても半年後になった。

 そこで、不動産屋に適当なアパートを探しに行くが、希望の家賃では今頃部屋などありはしなかった。アパートが無理なら今まで通り伯父の家から通わなければならない。なすすべもなく、公園のベンチにすわりこんだ。

 と、そこへ、子どもの声がかかる。「お兄ちゃん、部屋を探してるの?」と。裸足に運動靴をはいた小学生らしき足が見える。あの店へ行ってみなよといわれ、顔を上げると、その子の姿はなく、正面に「前田不動産」と書かれた小さな店があった。そこから妖怪アパートへの道は始まる。

 紹介されたのは賄い付きで家賃二万五千円という破格の物件だった。光熱費、水道代、賄い費こみ。寮費の三万円よりまだ安い。

 世の中「うまい話」なんてない。いわくありでしょうと訊くと、オバケが出ると。そこで諦めてしまえばこの物語は成立しないのだが、前田のおじさんがそのアパートに持っている部屋を半年だけ敷金なしで貸すといわれ、夕士は住むことを決める。

 これが行ってみると、とんでもない非日常の世界。個性的という範疇をはるかに超えた住人や物の怪やその他得体の知れぬモノたち、出される素晴らしく旨い料理等々。ところが、夕士がこれまで悩んでいた、情の薄い乾ききった人間関係とはまるで違い、温かく、この上なく「人間的」な環境で、まことに居心地がよい。

 そんなアパートなのだが、半年後には出て行き、寮生活を始めることになる。そうした高校一年間の夕士をめぐる物語が展開する。

 著者は本など読んだことがないと自称し、知識はマンガで得たと語っているが、本作を読むかぎり、なかなかどうして、読み応えがあり、この世界にどっぷりつかりたいと読者に思わせるだけの作品になっている。忘れかけた「人間性」を妖怪の側から教えられるような不思議な小説だ。