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宇宙論の面白さを伝えるための本を漫歩してみた


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佐藤勝彦『宇宙「96%の謎」 宇宙の誕生と驚異の未来像』角川学芸出版、2008)

 

 ダークマター(及びダークエネルギー)に関わる宇宙論の本。主題は副題「宇宙の誕生と驚異の未来像」に明らか。

 ただし、記述には粗密がある。必ずしも主題についての一貫した論述ではない。書き言葉として練り上げられた書物というものでもない(この種の本は口述筆記が多い。それを補完する方法はあとがきに書いてある)。したがって、この種の本は問題意識をかかえて読むのがよい。本格的なダークマターの議論は別のところでと割切ったほうがよい。現実問題として、ダークマターの問題は現在進行形で、最近(2013年4月)の(大)発見に対して、世界中が固唾を呑んで見守っている状態だ。本書は2008年刊。

 そこで、宇宙の創生に関わる問題にしぼって考える。それを扱う科学的アプローチには、本書のような(急激な)膨張〔インフレーション〕論(的宇宙論)の立場(著者はその立場を代表する)や、素粒子(的宇宙)論の立場(最近のCERNによる発見はこの分野のもので、ダークマターの正体は未知の素粒子かと見られている)などがある。

 この問題がなぜ知の現場でこれほど関心を呼ぶかは、西欧における知の歴史と関係がある。神学における「創造論」と密接な関係があるからだ。このことは本書では触れられていないが、西欧では常識である。(小学生レベルの創世記の引用らしきものはある。)

 アクィナス以来の創造論では、創造主による天地創造の際に、時空も創造されたとする。その点で、本書でも扱われる宇宙の誕生と本質的にはまったく同じだ。

 結論からいえば、本書は問題点のありかを正確に誠実に指し示しており、各章ごとの扉にある粗雑なまとめや謳い文句などにとらわれず、記述の中身を丁寧に読めばよく分る。読者の便を考えて編集者がキャッチーな見出しをつけることの意義は否定しないが、内容はまた別であることを意識しておくほうがよい。

 根本の説明になると、どうしても数式が出てくる。よくアインシュタイン方程式(宇宙方程式)は明快で決して難しくないという意味のことがいわれるが、実際には物理の大学院レベルの式なので、本当のところはやはり難しい。この式に関わる説明が本書の96-99ページにある。で、これが底のところから理解できるかどうかで、これに続く説明や展開が理解できるかが決まるところもある。これに関わる図解が169ページにあり、これを見ると98ページの説明はかなり分りやすくなる。本書がこういう面で工夫を重ねていることは認めざるを得ない。けれども、どれほど分りやすく説いたところで、理論の背景は一般相対性理論だから、もちろん一筋縄ではいかない。数式を避けずに出しているところは評価できる。

 そのような勘所は、たとえばトマス・アクィナスの『神学大全』の創造論についてもあるが、それは本書のような議論のはこびだと正確な理解へ進むことはほとんど考えられない。(きちんと議論するにはラテン語原文を引かざるを得ない。)

 どうやら評者の問題意識に応えられる本ではなかった。けれども、どこを理解すれば相互理解ができそうかということは分った。問題点の所在が分るだけでも大きい。

 インフレーション理論を考える上で重要な「真空の相転移」についてはかなりページ数を割いてある。割いてはあるのだが、ここは、問題意識を共有することができないかぎり、難しい。なぜ力の枝分かれが起こるのか、に関心が持てるようになったら、再び考えてみよう。素粒子畑の人たちの前で真空の相転移の話をしたときに、あまりまともに受取られなかったエピソード(139-140ページ)はおもしろい。宇宙論屋と素粒子屋の対立は今もあるように思う。

 最後に一つだけ。この種の本はできるだけ索引をつけてほしい。本のあちこちを参照しながら読むタイプの本の場合、索引が充実していないと迷子になる。その際に代表的なパラメタ(Ωなど)は索引の中で別立てにしてほしい。

 おまけにもう一つ。最終章「ブレーン宇宙モデル」の「ブレーン」は知るかぎりではふつうの英和辞典にない単語だ。これは 'brane' と綴る。membrane 「膜」を短縮した語で、OEDの初出例は1987年だ。

 

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