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地上に這い上がり、人として生きようとする人魚たちの歌37篇


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池田寛子訳『ヌーラ・ニゴーノル詩集』(土曜美術社出版販売、2010)



 本書は副題が『アイルランドの人魚歌』とある。妖精ほどには知られていないかもしれないけれど、アイルランドには古くから「波の下の国」をめぐる伝承があり、人魚にまつわる物語や歌や事件や出来事が多い。

 人魚族のドラマは、妖精の場合と同じく、ほんわかとしたおとぎ話ではない。人魚社会にはしばしば人間の現代社会のさまざまな問題点が透けて見えてくることがある。その発見は(痛みを伴う)驚きであるかもしれない。

 ヌーァラ・ニゴーナル(Nuala Ní Dhomhnaill)はアイルランド語で詩作する女流詩人として、現代アイルランドの最高の詩人である。日本にも何度も訪れており、評者も二三度お目にかかったことがある。そのマンスター(アイルランド南部)方言のやわらかいひびきは、詩を詠う声としては恐らく最上の声だろう。アイルランド語歌も膨大な数の歌を覚えており、伝承に深く根ざした、しかし現代的な鋭い詩を多く書いている。

 学校の教科書にも載せられており、アイルランドでは小学生以上なら、知らぬ人はいないであろう。けれども、詩のことばじたいは非常に難解である。あるいは本意ではないかもしれないが、広くその詩の世界を知ってもらうために、しばしば英語との対訳版も出している。

 本書は、英訳に頼らず、原典のアイルランド語から直接訳出された本邦初の詩集である。詩の翻訳が70ページあるのに対し、訳注と解説(詩人の言語観、および人魚に関する試論)が78ページある。全体で、殆ど研究論文といってもいい。

 随所に発見があり、訳者の創見に満ちている。アイルランドの人魚伝説の現代的な再構成に関心ある人にとっては必読の詩集である。


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