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キリスト教関係の季題や例句を集めた歳時記――異色の現代俳句集


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永井房代 永井芙美編『福音歳時記』(ふらんす堂、1993)


 キリストに関わる俳句は、キリスト教が解禁された明治以降、大正、昭和と、信者・未信者の作家により詠まれてきた。現代俳句の歳時記は人気があり、さまざまの趣向のものがあるけれど、キリストに関わる歳時記は多くない。その意味で本書は貴重である。

 歳時記というからには、四季折々の季語ごとに解説と例句を集めたものだけれど、本書はキリスト教ならではの季語や季題にからむ例句を、永井房代・芙美姉妹が十余年の歳月をかけて収集したもの。ふつうの季語であっても、クリスチャンらしい観点の句があり、そういう句を読むのは、一般の俳句愛好者にとっても新鮮なのではないかと思う。

 「年の暮」の句では有馬朗人の<年の暮ノアの如くに酔ぱらふ>などという愉しい句があるかと思えば、「行年」の季語では田中つとむの<ゆく年のホテルの聖書開きけり>は日本のホテルでも経験しそうなできごとを詠う。「冬凪」(風向きが変わって殆ど風が吹かない時)の季語では、水原秋桜子の<冬凪の艪の音きこゆ懺悔室>のような、その場の音が聞こえてきそうな静謐な句もある。懺悔室は今は告解室といい、信者が司祭に罪を告解し償いの祈りをする小部屋。

 評者は今年はクリスマスケーキはシュトーレン(ドイツで一般的)を食べたところで、あともう一種類食べる予定という甘党であるが、この季語での句もある。草間時彦の<網棚のクリスマスケーキやや斜め>は、あるあるという情景である。

 クリスマスを迎える期節の四週間をアドベントカトリックでは待降節)というが、その季題を詠う山口青邨の句<降誕祭(ワイナハト)待つ燭こよひともすなり>は音のひびきが秀逸である。

 ドイツ語で降誕祭を表すワイナハト(Weihnacht, ヴァイナハト)は寺田寅彦も用いたし、岡本かの子も用いた。かつてはそれほど珍しい語ではなかったのかもしれないが、現今は耳にすること稀である。アドベントの期間、祭壇の前には四本の蝋燭が置かれており、四週間の一週ごとに一本づつともされてゆく。光の祭儀でもあることを強く感じさせる句である。

 /a/の音(「ワイナハト」と「待つ」)で始め、/o/の音(「燭」と「こよひ」「ともす」)で終わる句の音宇宙は、AとΩ(アルファとオメガ)の字が刻まれた蝋燭(復活の聖徹夜祭の光の祭儀では復活の蝋燭にAとΩが刻まれる〔黙示録1.8〕)も髣髴させ、見事である。

 なお、本書は版元で在庫切れ中。古書で入手できるようだ。


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