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かつて恋愛小説、いま鎮魂の書として


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越谷オサム陽だまりの彼女』 (新潮文庫版 2011年6月1日)



 ハードカバーは2008年刊行。もともと文庫化の予定は決まっていたのかもしれないけれど、2011年6月1日に文庫版が出たことはある種の運命的なものを感じる。佐藤優がポスト・フクシマのいま読まれている本として本書を挙げたとき、ひとは驚いた。

 「女子が男子に読んでほしい恋愛小説 No. 1」としての声価はさだまっていたにせよ、佐藤の理由は違っていた。かれはそれを今だからこその必然とみなした。ほかにも同種の本が読まれていた。それらに共通する特徴はなにか。

 鎮魂である。地震津波により、また原発災害により未曾有の事態が起きた。そのなかで鎮められぬままこの世をあとにした無数の魂。ひとびとは心の底でその魂たちを慰める方法を模索している。だから本書は読まれたと。神学者らしい佐藤の読みである。

 もちろん、恋愛小説としては無類のおもしろさがある。だけど、ひとのむすびつきがこの世の通常の形を超えてつづくという主題は、これほどの世にはふかい根源的な訴求力をもつ。程度はちがうかもしれないが、万城目学の『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』にもそれを感じるひとがあるかもしれない。

 著者が訳詞をしたビーチ・ボーイズの<素敵じゃないか>(作詞トニー・アッシャー、作曲ブライアン・ウィルスン) 'Wouldn't It Be Nice' はもちろんロック史に燦然と輝くあのアルバム Pet Sounds 収録曲だけれども、本書の中ではまるでBGMのようにずっと流れている。

Beach Boys, 'Pet Sounds' (1966)


 本書を読んだ後にこの曲を聴くたびに、”恋する人と結婚し共に暮らせたら素敵じゃないか”のメッセージは胸をしめつけるような哀切さを伴うようになった。時代がそのような読みを促したにせよ、傑作である。