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光森裕樹の第二歌集。相変わらずおもしろい


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光森裕樹『うづまき管だより』[Kindle版]



 歌人光森裕樹の第二歌集。電子書籍Kindle版)で2012年11月に発表された。

 2010年から2012年に詠まれた128首を収めた歌集である。第一歌集『鈴を産むひばり』(2010)と変わらず、清新なすぐれた歌が多く収められている。

 たとえば次のような歌。

いい意味で、ね。と付け足して切るときのパプリカに似たその切断面


行きつくところ何もなきゆゑ行くと云ふ吾をやさしく哀しむ人よ


人と人との関係を詠うときに、この歌人は自分をもネタにして愉しむ風がある。ゆえに、描かれる状況は辛いのにウェットにはならない。

 かくして歌人は、南太平洋にある、海抜わずか5mの国ツバル(Tuvalu)に向かったと思われる。詞書に Tuvalu 切手局の字が見える歌があるからだ。

内海と外海のこゑ聴くときにうづまき菅は姉妹と思ふ
此の国を沈むるものが海なれば溢さぬやうに汗を拭ひつ
陽を沈め海があふれてゆく浜に見失ふ犬、かへりみち、他


歌集の題にもなったうづまき管が出てくる歌では、海面上昇と云うこの国の危機を視覚でなく聴覚で感じとる。人との関係の先の歌でも、人の声のトーンに含まれる感情に、歌人は敏感である。

 もちろん、海面上昇や地盤沈下がすすめば国の存亡にかかわる重大事なのだけれど、それを犬のゆくえや、来た道などが浜で見失われたと詠うところに、この歌人のすぐれた感性がみてとれる。

 全体としてみると、前の歌集より少しボリュームの不足感があるような気がしないでもないが、読返すとなかなかに充実している。今後がますます楽しみである。

 評者が個人的にうれしく思ったのは「バターとウィスキー」と題する連作で、スコットランドの風景などが現れることだ。どうやらハイランドはスペーサイド(Speyside)やアイラ海峡(Caol Ila)あたりに歌人は(恋人と?)赴いたらしい。その連作からいくつか引いておこう。

夢のおはりに肺に満たして持ちかへるスペイサイドの麦を薙ぐ風
黄葉(もみぢば)の葉擦れやまざる耳鳴りはからだのなかに湧く音といふ
ピアノライトのひかりを弾く其の爪のみじかき頃よ学生なりき
僕といふ一人称を引き出して姉なるごとく得意さうなり
あざらしが眺むる海ごと傾けてそそぐ火の酒、一杯(ひとつき)の酒
歳月の上澄みに浮く吾々にジョン・ウォーカーのみじかき杖を
廻り廻りて虎がバターになるなればどのけだものが火酒にならむ
かすむ瞳の 否、此れまでが見えすぎてゐただけならば僕は黙るよ
百年経つてゐますやうにと願ひつつふたりして押す秋夜(あきよ)の扉