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ハーンとイェーツとの交錯


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西成彦ラフカディオ・ハーンの耳』(岩波書店、1998)



 ハーンの目や耳を通した明治期の日本のフィールドワークを追体験するには恰好の本である。特に、「耳の物語」である「耳なし芳一」の分析が有名な書である。

 元の1993年の著作に、「ハーンからイェイツへ」の文章を増補したものが、この同時代ライブラリー版(1998年)である。その増補部分は「ハーメルンの笛吹き」の章のすぐあとにつけられ、イェーツの詩に対する分析が深められている。

 問題のイェーツの詩は「群れなす風の精」 'The Host of the Air' だが、著者によるこの題名の訳は仮のもので、本当はどういう意味かについて議論がある(特に host の意が「聖餐」の可能性がある)。

オドリスコールは鼻歌まじりに
鴨のつがいを追い立てた


O'Driscoll drove with a song
The wild duck and the drake

で始まる、新妻を妖精にさらわれた男の詩である。

 現行の英語の詩は、アイルランド語を解する人が読めばすぐに判るが、元はアイルランド語の詩歌であることが窺える。ところが、えてして、アイルランド語の伝承詩歌(にかぎらないが)を英語にするときに起こることだが、内容が「丸め」られてしまっている。

 元の話ではさらわれた新妻の死の場面が最後に来るのだが、イェーツの詩ではそこが省かれている。このような「現代詩」の作り方に対し、ハーンはイェーツに手紙を書いて猛然と抗議したのであった。

 そのようなハーンとイェーツとの交錯も興味あるが、さらに面白いのが、夫に対する新妻の警告である。妖精のさしだすぶどう酒とパンには手をつけるなという。いったん、妖精の食べ物を口にすれば、自分のように永久に妖精界にさらわれてしまうと。

 なお、本書は絶版で、復刊を期待する。古書としては入手できるようだ。