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荒野のガンマンの黙示録


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東山彰良ブラックライダー』(新潮社、2013)



 日本からこれほどのポスト・アポカリプティクものが出てくるとは。しかも、これほど縦横に張り巡らされた引喩の網の目のようなポスト・アポカリプティク小説は、欧米にもちょっと類例がないのではないか。「このミステリーがすごい!2014」の長編部門で最高位だそうだが、まったくミステリーではない。というのは、ちょっと言いすぎかな。大きな大きな謎は全篇を覆っているので。

 最初のうちは米国のカウボーイ小説をヘタな翻訳家が訳したような、読みづらい文が延々と続く。

 ところが、急にあるところで、ギアが変わる。スイッチがはいるといってもいい。49ページだ。

 婦人が穿いているスカートの描写だ。「鴉をかたどった幾何学的な模様が腰のまわりをぐるりと取り巻いている」と。

 おおおお。これはすごい。一挙に物語の目には見えない核心に引き込まれそうな「引き」を感ずる。

 急いで附け加えると、本書は翻訳小説ではない。東山彰良による日本語オリジナルの、アメリカとメキシコを舞台にした小説だ。「ポスト・アポカリプティク」とは、近未来の、現代文明が何らかの理由で崩壊したあとの、一種原始的な環境下での生き残りをえがく小説ジャンル。コーマク・マカーシの『ザ・ロード』などが代表例。

 何が起きたのかは、この種のジャンルでは、はっきり語られることが少ないが、本書では一貫して「六・一六」と語られる。戸外は零下の気温なので核の冬にも見えるが、いづれにせよ、大災厄が起きたらしい。ワイオミング以北は放射能に汚染されており、あと一万年は人が住めないというくだりが出てくる。が、人間が殆どいないため動物の楽園となっているという話もあり、そのあたり、チェルノブイリを思わせる。

 連邦保安官バードは(指名手配犯を追って)南をめざす。このあたり、『ザ・ロード』に似ている。

 鴉模様のスカートの婦人はコカ・コーラという名だけれど、飲んだことはない。すでに伝説の飲み物なのだ。

 そこで、バードは自分の体験を話してやる。コカ・コーラのレシピを探していたバーガー・キングという男から飲ませてもらった話を。バードはあまり美味いとは思わなかった。

 婦人はその人はどうなったのと訊く。「マクドナルドってやつにうしろから撃たれて死んだよ」ときたもんだ。

 このあたり、読者を楽しませようとしているのか、パロディを意図しているのか、不明だ。

 が、物語の本筋はこんな軽いものでなく、「ポスト・アポカリプティク」らしい、食人をめぐる深刻な話だ。さらに「六・一六」で絶滅した牛と、人との雑交種。食人を禁ずる(と思われる)ヘイレン法。その名のもとになった伝説のナサニエル・ヘイレン。ヘイレンは何百人も殺して、みんなに気前よく肉をふるまった。その(おそらく)あだ名が「ブラックライダー」(米国詩人のスティーヴン・クレーンの黙示的な詩に由来)。殺伐な話ばかりでは息も詰まる。

 中にはこんなやりとりもある。コーラが自分の馬に文句をつけるのを、バードがいさめる。「ぜんぜん言うことを聞きやしないんだから」「馬ってのはみんなメソジストだからな」みんながみんな、このジョークに笑えやしませんぜ、旦那。たとえ、コーラが長老派だと知っていたとしても。

 ものすごく暗く陰惨な話にときおり混じる乾いた笑い。そんな世界に浸ることを厭わない人にはたぶん、向いているだろう。パルプ・フィクションのように偽装しつつ、詩や小説や音楽や映画や宗教や何やかや、いろんなものが隠し味になっている極上の小説。

 「名づけえない大切なものはおれたちの内側にしか存在しないんだ」とバードは思う。だから、コーラと食事していてふたりとも黙りこくってしまっても、その沈黙は正しいと考える。「いま、この場所では、声に出してなにかを名づけることが裏切りであり、逃避であり、安らぎなんだ」と考える。まったくその通りだ。

 一つだけ予想もしなかったことを。台湾出身の作家だからか、思いもかけない日本語に本書で出会うことが時折あり、その適切さ、美しさに打たれる。「バードは叫(おら)んだ」など(120頁)。日本語だけでなく、英語もシナ語もスペイン語も、詩も聖書の引用も、気の利いた文句も、そこかしこにある。読書の歓びが味わえる。

 最後に文学的引喩の例をひとつ。

もし世界が詩でできてるんなら、と末弟はつづけた。綺麗なものが汚くて、汚いものが綺麗で、正しいことが悪くて、悪いことが正しくなっちまうんだろうな。 (442頁)

これは、もちろん、『マクベス』1幕1場の魔女の科白をふまえている。


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