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「遠野物語」が「ケルト妖精物語」のように読めてしまう


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柳田 國男、京極 夏彦『遠野物語remix』(角川学芸出版、2013)

 『遠野物語』の原著は、日本の民俗学の草分けとして興味深く重要な書であるとみんな知っている。が、読み通すのはつらい。話ごとに番号がふってあって、参照のための最低限の工夫はあるが、通常の意味での整理や編集が十分になされているとは言いがたいのだ。それが、水木しげる研究家としても知られる小説家、京極夏彦の手にかかると、こんなに面白く読める本に変身した。これが読み通せないという人はまずいないと信ずる。

 アイルランドの妖精譚を集めたイェイツの『ケルト妖精物語』などは日本にもファンが多いが、ああいう領域に興味のある人でも、なんの抵抗もなく読める本に仕上がった。本書からは大いに刺激を受けるだろう。この編集、加筆、いや小説化(novelization)というか、本書のことばでは「remix」は大成功だと思う。民俗学の専門家でもたぶん面白く読めると思うが、学問的には嫌われるかもしれない。

 京極がやったのは原著を現代から過去へのパースペクティブで俯瞰して A, B, C の三部に分け、序文をそれに応じて分割し、各話を配置しなおしたことだ。したがって、話の順番は原著とは異なるけれど、原著の番号は保持されているので簡単に参照できる。柳田の言葉は一字一句もゆるがせにはされていないけれど、京極が現代語訳しており、さらに短篇小説としても読めるほどの加筆がされている。劇化とか脚色(dramatization)と呼んでもいいかもしれない。全体としては、「デジタルリマスター」を作るという感覚だったと京極は語っている(京極夏彦インタビュー)。つまり、「オリジナルの音源を生かして、ノイズを取り去ったり音質や音圧を調整したりする」作業をほどこしたというわけだ。

 ぞくぞくするような興味深い話が満載だけれど、一つだけあげておこう。原著22番の「佐々木氏の曾祖母年よりて死去せし時」の話だ。角川ソフィア文庫版でわずか11行の短い話だけれど、これがこのリミックス版だとちょっとしたショートショートくらいの長さになる。しかも、最後には「メーテルリンクの『侵入者』を思わせる話である」という言葉も添えられている。現行普及版の本文にはないけれど、これは京極の創見ではない。柳田自身がそう考えていたのだ。このあたりのことはReisetu氏の「遠野出身者の東京見聞93;遠野物語の魅力(改題と増補・追補)」に興味深い考察がある。