Tigh Mhíchíl

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2004年の回顧〜書物篇


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 今年目に触れた本を振返る。といっても、じっくり本を読む時間はあまりとれなかった者の感想に過ぎない。
 今年入手に成功した本のうち、まことに貴重と思われた本の一冊は、ダーヒー・オ・ホーガーン(Dáithí Ó hÓgáin)の『詩人』(An File: Staidéar ar Osnádúrthacht na Filíochta sa Traidisiún Gaelach)である(Oifig an tSoláthair, 1982)。
 もとより、こんな本のことは知らなかったのだが、俊英の 池田 寛子さん から、ヌーァラ(ヌーラ)・ニ・ゴーナル(ゴーノル)が愛読している本があるらしいと聞かされて、探してみるとこの本だったのだ。
 アイルランド語の詩の歴史を三つの相から斬る。bua としての詩、bronnadh alltarach としての詩、cumhacht としての詩。才、天啓、超自然的な力としての詩。この神秘のヴェクトルこそヌーァラ好みの所以だろう。ヌーァラはフォークロアの宝庫を渉猟しており、この方面については十分な下地を有している。
 この本はアイルランド語で書かれているが、オ・ホーガーンは英語の著書でも端倪すべからざる本を書いていて、例えば、Myth, Legend & Romance: An Encyclopædia of the Irish Folk Tradition (Prentice Hall P, 1991) も、今年古書店で手に入れて以来、座右の書物になった。表面からは見えぬアイルランドの深い水脈に向けて穿ついくつもの試み。アイルランドのすぐれた詩人はみなその作業をしているように見える。穿て、穿て。この湿地の底を抜けると大西洋に通ずる。足許に潜む「虫穴」。詩人にはその時空の臍が幻視できる。
 これらのすぐれた書物、私は決して通読しない。そんな時間も力もない。ただ、単に興味の赴くまま、拾い読みするのである。ただし、ある方向に沿って。
 例えば、詩人のヌーァラがある興味深い発言をしたとする。その発言の根拠にダーヒーの本があると知れば、いったいなぜヌーァラはその本に惹かれたのだろうかという観点からこの本を読む。そうすると、短時間に驚くほど多くのものが目に飛び込んでくる。これは、ひょっとすると、言葉のさまざまな意味でのスキャン(scan)をしているのかもしれない。
 つまり、ある観点からテクストをながめると、その観点に合致する景色が前景化してきて、あるいは音として浮かび上がってきて、そのことが逆にそのテクストの構造を照らし出すのである。そういう読みかたを私はしている。つまり、自分で読み取るのではなくて、尊敬するに値する読書の達人が関心を抱いたという一言を手がかりに、一体何があるのかと思って読むのである。
 このような読みかたは、自分の読みかたに全く自信のない者のみに許された特権かもしれない。(← おいおい、自慢してどうする)
 ともあれ、今年一年のご贔屓を感謝します。皆さん、どうかよいお年を。

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