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Ichiro the Throwback (5)


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 Baseball Crank の2001年5月2日の記事 Ichiro the Throwback の抜書きの続きです(太字は私)。

 1870年代のプロ野球では「九球」で一塁に歩くという規定だったのが、だんだんと変わってゆきます。九から数が減ってゆき、1889年までには現在の「四球/三振」になりました。マウンドまでの距離は1893年に現在の距離(約60フィート)にまで伸び、投手は上手投げも始めました。身長が6フィート(約180cm)を超える選手も登場し始めました。

 しかし、何といっても大きいのが1880年代後半までにグラヴが普通に使われだすことでしょう。そして1920年以降は、大きいグラヴ、いい内外野、汚れていない球の三点セットのおかげで、守備率 (fielding percentages)が劇的に向上したそうです。

 打撃のほうでは1890年代から1920年代にかけて大きな変化が起きます。

In the 1890s, players emerged who drew lots of walks and got hit by lots of pitches as well as hitting for average; one of them, John McGraw, became the game's most successful manager for three decades and built his teams around the same philosophy. In 1919, 1920 and 1921, Babe Ruth shattered the home run record (pushing the record from 27 to 29 to 54 to 59 in three years), and the modern game of getting men on base and waiting for the home run was born.

 つまり、打率をねらうタイプのバッターが20-30年続いたあと、ベーブ・ルースが登場してすっかり野球のスタイルが変わったのです。塁にランナーをためて一発を待つというスタイルです。この30年間の変化は非常に興味深い。あたかも、米国の歴史に対応するかのようだ。*1(つづく)

*1:1890年のフロンティアの消滅 → 工業発展に伴う都市集中。並行して、農村の質実な文化 → 都市の享楽的文化。黒人音楽では、ラグタイム → ジャズ。映像でいうと『大草原の小さな家』的世界 → 『華麗なるギャッツビー』的世界

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