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Ichiro the Throwback


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 イチロー最多安打新記録達成後、西村欣也さんが何を書くかと楽しみにしていた。これまでに西村さんの文章は何度も抜書きしてきたくらいのファンである。

 10月3日付朝日新聞に載った「チェンジ」の記事には半分がっかりし、半分はさすがと思った。がっかりしたのは、他の論者もよく使う「進化」という語を安易にイチローに使っていたからである。ぼくは、どんな理由があれ、人間に対して「進化」という言葉を使うことには反対である。

〔西村:〕 戦う意義を記録やタイトルに置くのではなく、「進化」への渇望だけが彼を突き動かしてきたのだと思う。

 確かにこの文章はよく分かる。括弧書きに比喩であるとの思いは籠められている。だけど、やはり、この表現を使ってしまうと、イチローの次の言葉が無になる。

イチロー:〕 小さいことを重ねることが、とんでもないところに行くただ一つの道だと感じている。
(「257」という数字をとんでもないところと話していたが、との日本人記者の質問に対しての10月2日の答え)

 西村さんの文章でさすがと思うのはつぎのところ。

〔西村:〕 イチローの前に、轍はない。

 もう一つ、イチローが蘇らせた野球の楽しみについての次の文章もよい。

〔西村:〕
 大男たちの本塁打競争に、楽しみの多くを依存してきたメジャーリーグに、イチローが革命を起こした。

 大リーグでも、ベーブ・ルース登場以前の野球は、スピードを最も重視していた。タイ・カッブらが活躍した時代のベースボールの楽しみを、イチローが呼び戻した。「スローバック(時代を巻き戻した)・スーパーヒーロー」と呼ばれるのは、その意味合いだ。

 この「スローバック」の語とイチローについては、Ichiro the Throwback という Baseball Crank の2001年の記事や、ロイターのごく最近の 記事 が参考になる。Baseball Crank は最近の記事で、イチローの打数(AB, at bats)が Willie Wilson の保持する最多打数記録 705 を抜くだろうということも指摘している*1

 もう一つ、玉木正之さんの「ナンヤラカンヤラ」(10月1日付)も面白い。

〔玉木:〕 シーズン最多安打の上位記録が1920年代に集中してるのはベーブ・ルースが出現したから。1910年代までのシーズン最多ホームランはせいぜい10本前後で、誰もホームランなど注目せず、ホームラン王の表彰もなく(打者は首位打者だけ)、新聞にホームランの記録も載らなかった。が、ルースが1919年に29ホーマーをかっ飛ばして俄然ホームランが注目されるようになる一方、『ホームランのような野手が捕れない打球を打つのは卑怯な行為で、野手のファインプレイもなくなり、送りバントや盗塁といった攻撃の面白さもなくなり、野球はおもしろくなくなる』と古い野球ファンや評論家がホームラン否定論を展開。その声に後押しされて、シスラーやホーンズビーといった選手が「ルースのホームランよりもおもしろい本物の野球」を見せようとしてヒット量産に力を注いだ。が、1920年に54本、22年に59本、そして26年に60本とホームランを打ちまくったルースにファンは熱狂。やがてヒット・メーカーたちはオールド・ベースボールとして忘れ去られ、アメリカ野球はホームラン中心のモダン・ベースボールの時代に突入した。つまりイチローは「日本野球」の技を見せている、というより「グッド・オールディーズ・アメリカン・ベースボール」(古きよき時代のアメリカ野球)を復活させたの〔だ。〕

 ふーん。当初はホームランは「卑怯」と思われていたのか。イチローのことを武道家に喩える人もいるけれど、なんか飛び道具と刀の対決みたいだな。(つづく)

*1:実際には、惜しくも 704 打数で終わった。262 ÷ 704 = 0.372 で打率は3割7分2厘