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Concert for George


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 ジョージ・ハリスン一周忌追悼コンサート。

 V. A. : 《Concert for George》
  (ワーナーミュージック・ジャパン WPBR-90271/2, 2003)

 2002年ロンドンはロイヤル・アルバート・ホールでのライヴ。何度見ても感動する DVD。昨年自分のウェブサイトでちらっと書いたし、よそで既に語りつくされているだろうけれど、ちょっとメモしておく。

 コンサート前半で演奏されるラヴィ・シャンカル(シャンカー〔ル〕)の作曲した <Arpan> ("to give or to offer" の意)について。歌の部分は一緒に口ずさみたくなる。「ジャイラージ・ハリ・サナ・プリート・キヤ」「ジャガット・コ・キトゥナ・ギート・ディヤ」。

Jairaj Hari san
Jairaj Hari Sana Preet Kiya.
Jagat Ko Kitna Geet diya.

 英語に直訳すると

George Harrison
Jairaj [= George] loved Krishna [=Hare],
He gave the whole world so many beautiful songs.

 この歌はこの言葉でないと歌えない。それにしても、ラヴィ・シャンカルがジョージをジャイラジと呼んだというのはおもしろい。ちなみに、アイルランド語だとジョージはショールシャ(Seoirse)になる。

 コンサート参加アーティストの言葉。

Jeff Lynne: 'But [George was] always using his favourite chord which was the diminished.'


Tom Petty: 'He used augmented and diminished chords a lot. He called them the naughty chords.'


Joe Brown: 'All [that knew George] knew one thing that was very important -- that all George's music came from the heart, not from the paper.'

 ジェフとトムは共にジョージがディミニッシュ・コードが好きだったことを挙げているのが印象に残る。

 ジョーの発言は本当にそうだと思う。ディミニッシュ・コードが象徴するような翳りのあるサウンドはブルーズを感じさせる。

 見るたびに特に感動する曲は少しずつ変わるが、今回あらためて見て <Isn't It a Pity> がいいなあと思った。この曲からビリー・プレストンBilly Preston)が登場することもあるが、ジェフの声が非常に温かみを感じさせる。歌の内容が会場の隅々にまで届いている。

 日本版のライナーノーツによると、ビリーがジョージと最初に会ったのは、ビートルズがデビュー前のハンブルクでのことだったという。当時16-7歳のビリーはリトル・リチャードのバンドにいた。その後、1969年、《Let It Be》 のセッションで人間関係がぎくしゃくした時に、ジョージがビリーをセッションに招いたという。

 ビリーの人間味あふれる歌やオルガンは <Isn't It a Pity> や <My Sweet Lord> でよく発揮されている。それにつけても、レイ・チャールズが亡くなった際の葬儀(2004年6月18日)に、入院中のためビリーが参列できなかったことが想いだされる。もうビリーはよくなっただろうか。

 地味なシャツを着て、殆ど黒子に徹しつつ、敬愛するジョージのためにコンサートをまとめあげたエリック・クラプトンの <While My Guitar Gently Weeps> での入魂のソロは胸を打つ。

 ジョージ・ハリスンサイト (media セクション)で、ジョージが Rock and Roll Hall of Fame に殿堂入りした際(2004年3月15日)のセレモニーの模様が見られる。<While My Guitar Gently Weeps> のギターソロをプリンス(Prince)がやっている。

 なお、DVD の一枚はコンサート完全収録版で、もう一枚は劇場映画版。ミクシングが違うが、ぼくは映画版のほうが音があったかくて好きだ。