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Quinn 説への O Laoire の反論(2)


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 クィン(Bob Quinn)が攻撃したオ・リーレ(Lillis Ó Laoire)の議論を振返ってみる。これがそもそもの発端だった。中身はフランスのレーベルが出した二枚のコナマラのシャン・ノースCD*1の批評である。アイルランドの雑誌 JMI の2003年1/2月号に掲載された。

 この中でオ・リーレはアイルランド伝統歌を異国風にする(exoticisation)ような議論を痛烈に批判している。それは実はクィンの説なのだが、名前を挙げずに批判したことにクィンはかみつくことになる。

 オ・リーレはこれらのCDのライナーノーツ(筆者は Jean Yves Bériou)についてこう書く(太字は私)。

One aspect of the notes that disturbs me however, is the insistent exoticisation claimed for traditional Gaelic song, likening it to Flamenco, North African, Asian or Indian singing. Such a strategy [. . .] deliberately removes this kind of singing from the real, and places it in one hermetic, ahistorical, timeless, category, rendering it mysterious, eastern and non-European.

 よく読むとこの批判は興味深い。なぜなら、オ・リーレとクィンの方向は違うのだが、アイルランド伝統歌唱の神秘化に反対するという点では両者は一致しているからである。ただ、クィンは「ケルト」的な神秘に反対し、オ・リーレは異国趣味化による神秘全般に反対するという違いがあるに過ぎない。

 つまり、どちらの論客の立場をとるにせよ、Enya に代表されるようなヴェールにくるまれた神秘の音楽というのは、アイルランド伝統歌唱とは対極にあるものである ということになる。この点は覚えておいてもよい。簡単にいえば、アイルランド伝統歌唱にケルトの幽玄性などを持出すのはおそらくレコード会社の販売戦略に過ぎないということである。ワールドミュージック売場のラベルでしかない。まあ、蛇足を言うなら、そのような売場にここで批評されているような CD が並ぶことは99%ないが。(つづく)

*1:Sarah Ghriallais: 《Connemara Sean-nós》 [Cinq Planètes CP 01958, 2000] と Josie Sheáin Jeaic: 《Connemara Sean-nós》 [Cinq Planètes CP 03426, 2000] のこと

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