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今年中に30枚 (16) Planxty: Planxty


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 プランクスティの一枚目。

 Planxty: 《Planxty》 (1972; Shanachie 79009, 1989)

 いわゆる "The Black Album" として知られる不朽の傑作。30年以上立った今でも、その響きは変わらず清冽である。

 この若々しい瑞々しさを生みだした四人はこの時いくつだったか。クリスティ・ムア27歳、アンディ・アーヴィン(アーヴァイン)30歳、ドーナル・ラニー25歳、リアム・オ・フリン27歳。意外に年季を経た面々である。

 音楽的特徴は今でも語りつくされているとは言えないだろう。ジェフ・ウォリスは一曲目 <Raggle Taggle Gypsy - Tabhair dom Do Lámh> にこのバンドの特徴が凝縮されているという。つまり、ブズーキを含む器楽アンサンブルの響き、伝承バラッドに対する凝った和声的伴奏、歌から器楽曲への切れ目ない移行など。
 この曲をたとえば、クリス・フォスターの <Raggle Taggle Gypsies> (《Traces》 所収)と比べてみると興味深い。ブリテンらしい深みのあるギターの音色に載せたトラッド・シンギングと、プランクスティとではあまりにもかけ離れているように聞こえるが、そうだとすればそれは何故なのか。いや実はひょっとすると、両者には相通ずるものがあるのではないか。

 ドーナルのブズーキがアンディのマンドリンにハモるような形で附けられていること、クリスティの歌には直前まで居たイングランドのフォーク音楽の雰囲気がぷんぷんすること、アンディにはブルガリア等の東欧音楽のリズム感や音色感覚が感じられること、リアムのイラン・パイプスやホィッスルには確乎たる伝統が感じられること――等々が相俟って独特の音楽を醸しだしている。

 いくらでも語るべきことはあるが、あまり語られていない側面を一つだけ。バンド名について。

 この Planxty という言葉については非常に謎が多い。本盤のライナーノーツの解説からはトラック3 <Planxty Irwin> というカロランの曲から採ったらしいことが伺える。この曲名の意味ははっきりしている。「Irwin の planxty」である。ハープ奏者カロランがそのパトロン Irwin のために作曲したものである。

 最初の難関はこの planxty が一体どういう言語に属するかという問題である。これについては実は定説はない。それはこの語の語源が不明であるという第二の難関とも関係する。
 第三の難関はこの語の意味である。第四の難関はこの語をカロランが使い始めたのかどうかという問題。第五の難関はこの語の発音。何語であるかによっても変わってくるだろう。第六の難関は planxty というのは音楽的にはどういう楽曲形式を指すのかという問題。第七の難関は planxty 曲に対応する歌詞がないという説は正しいのかどうかという問題――等々。

 これらの問題にまともに取組んでもおそらく答えはなかなか出ない。およそ、このバンドに関心があるほどの人なら手許に備えているであろう各種文献に載っていそうな情報は割愛して、一つだけあまり知られていないことを書く。それはこの語をアイルランド英語(Hiberno English)であるとするある研究者の書く語源――これは擬音語から来ているという見解である*1。擬音語であるというのは、つまりハープを弾く音を模したことばであるということである。日本語だとさしづめポロンか。で、この場合は、plancstaí という擬音語であるアイルランド語から来ているというのである。英語での類例には plink がある。

 なお、<Planxty Irwin> は O'Neill の曲集では677番(アイルランド語の題は Pleraca [Pléaráca] Iarbhain)、Donal O'Sullivan の校訂本では59番(題は Colonel John Irwin とパトロン名のみを記す)。

*1:カロランの伝記作者 Donal O'Sullivan も擬音語説を唱えている