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本家と分家


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 曽野綾子さんの文章(透明な歳月の光 121 「親切」の徳 専売品化が生む差別意識、8月6日付産経朝刊)にオーストラリアで体験した親切のことが語られている。もはや本家(=イギリス)が失った美徳を分家(=オーストラリア)は備えているという趣旨である。具体的には、バッグをひっかけて売り場のボールペンが30本ほどこぼれた際に、拾い集めるのを30代の女性が最後まで手伝ってくれたこと、ホテルのエレベータの昇りに部屋のカードキーが必要なのにもたもたしていると同乗者が素早くやってくれたことなど。このような体験を振返ったあと、イギリスと対比した部分がおもしろい。

 オーストラリア人の本家とも言うべきイギリスだったら、と私は時々考えた。イギリス人なら、ボールペンを引っ繰り返した奴は、自分で拾えばいい、という感じで無視しているだろう。エレベーターの乗り方もわからない奴にはそれなりに苦労させておけという態度を取るか、微(かす)かな侮蔑(ぶべつ)を押し隠して仕方なく時間のロスを防ぐために手伝ってやるか、どちらかであろう。


 かくして本家と分家の人間性の差異はますます大きくなり、私の胸をワクワクさせる親切などという素朴な徳は、分家の専売品になる。本家というものは格式に拘(こだわ)り、ほとんど意味のない優越感と、言うに言われぬ落ち目の実感に対する劣等感と、いつ分家の息子たちの方がいい大学に入るのではないかという恐怖の裏返しとが、どろどろの情熱の表現を取ることが多い。つまりもって廻った抜きがたい差別意識に繋(つな)がるのである。こうした家族の感情は、国の場合でも同じだろうか。

 この問題はケースバイケースだろう。現実にはイギリスが今なお優越感を抱けるものは何か。アメリカを「植民地」と言い放つ奥の院の雲上人サークルは別とすれば、たとえば RP *1くらいしかないのではないか。鼻持ちならないことにアメリカでも RP を使える人は尊敬されている風がある、特に東海岸で。その地位は GA *2より上である。


 けれど、こと問題を英語にかぎった場合、RP を保持するイングランドが「本家」と本当に言えるか。それは今日の発音に過ぎない。エリザベス朝の英語こそが本物であるという主張をしてみた場合、それは英国には残っていなくて、むしろかつての植民地に残っている(いた)。たとえば、20世紀初頭のアイルランドのダブリンでは三つの英語が存在した。そのうちの一つがエリザベス朝の英語であった。アイルランド人が<アイルランド英語は世界で一番美しい>と自慢する所以である。


 もっとも、言語の響きは置かれた環境により印象が違うことは事実。たとえば、BBC 放送の中に置いてみると、米語にせよアイルランド英語にせよ、ひどく田舎じみた発音に聞こえる。


 そういう特権的な環境にではなく、言語芸術の粋のようなものに置けば話は別だ。たとえば、ジョイスの『フィネガンズ・ウェーク』は現存する録音中、一番美しく響くのはスコットランド英語話者のそれであるといわれる。おそらく RP で朗読したって美しいこともなんともない。

*1:Received Pronunciation 英国のパブリックスクール、 Oxford, Cambridge 両大学等の出身者の間で話される類の英語の発音。人口の5%以下しか話さないといわれる。BBC のふつうの発音はこれ

*2:General American 米中西部全域の発音。Midland dialect のこと

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