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アイルランド語の姓名における O (1)


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 最も多く質問を受けるのは、一つにはアイルランド語の固有名詞に関すること。ぼくは固有名詞研究(onomastics)は専門ではないけれど、たとえば、アイルランド語の人名に関して包括的にきちんと論じようとすれば一万頁は必要になるだろうという予感。それほど、歴史的にも言語的にも複雑かつ広範な問題。大体アイルランド史を千年分はおさらいする覚悟がなければとてもやれない。

 そういうふうにいつも考えて後込みしてしまうけれど、それだといつまで立っても埒も無いので、最低限の文法的なことだけでも押さえてみよう。少しずつ。

 よくアイルランド語の人名の真ん中辺で ó という字を見かけます。あれは一体何なのか。古い書物では ua と綴られているあれです。

 必要最低限のことを述べると、ó は姓の前につく接頭辞(prefix)で、男の孫、つまり孫息子の意の男性名詞。その直後にくるのは姓ということになるが、その姓は名字というよりは、もとは個人名で、殆どの場合は男性名。両者を合わせると、「〜の孫息子」ということになり、その姓は属格に置かれる。現代において、ó は名前の一部としては、おおむね、祖父またはそれ以前の祖先の子孫であることを機能的には表すことになる。まとめると、このタイプの姓は次のような構造をしている。

Ó + (男性)名の属格

 つまり、実用的には、この属格の作りかたさえわかれば、このタイプの名前の構造は解ける。

 文法的には、この ó は主格(nominative)の形。不規則に格変化し、姓の前に用いられる場合は、属格単数形(genitive singular)は uí になる。

ns. ó, gs.

(ns.: nominative singular, gs.: genitive singular)

 ó のあとにくる姓(=ほとんど男性名)は男性名詞として格変化する。その場合の変化は大体の場合は第一変化と思ってよい。

 ああ、しんど。まだ、ほんの序の口だけど、きちんと説明するのはしんどい。ここまでお読みの方があるとしても、すでに厭になっておられるのではと懸念します。

 ここまでが最低限の前提なのだが、これですら日本ではまったく知られていないと言っていい。なぜなら、すべての英和辞典がこの点では間違っているからだ。私がチェックした辞書ではすべて。もし、正しい記述が載っている辞典があれば、ぜひお教えください。喜んで訂正します。

 一例として、利用者の多い、ある英和辞典を挙げよう。けっして、この辞書をおとしめるつもりではなく、典型例の一つとして。ほかのすべても間違っていることの例証として。大修館書店の方、および執筆者の方、ご安心ください。他の辞典もすべて間違ってますから(← 慰めになっていないか)。

O'
〔接頭〕 《son of の意味を持ち、アイルランド系の姓につけられる。》
 (ジーニアス英和辞典 第3版)

 もちろん、真っ赤な嘘である。意味も文法的機能も間違い。それ以外の部分は正しい。英語化された名前の実態を表すとは言えようが、辞書の定義としては完全な誤りである。son の意味ではないし、of の機能も有してはいない。いかん、頭がカッカとしてきそうになる。これは、人は過つもの、という自戒を籠めての指摘です。我が身を反省。(つづく)