本
泉鏡花「夜行巡査」(岩波文庫『外科室・海城発電』所収) 鏡花の出世作のひとつ。職務にあまりに忠実な巡査を描く短編小説。 鏡花の作文技術の高さは早くも明白、隠れようもない。みごとな短篇。明治28(1895)年作。ディケンズもかくやと思われる、人物造…
泉鏡花「文章の音律」 近頃の小説の文章に、音律といふことが忽にされて居る、何うして忽處ではない、頭から文章の音律などは注意もしてゐないやうに思ふ。 鏡花は小説の文章について、こう述べ、音律がゆるがせにされていると主張する。1909年に発表された…
サン=テグジュペリ『夜間飛行』 サン=テグジュペリの『夜間飛行』 Vol de nuit を漫画化したもの。 読み始めたらやめることができない。 1930年頃の南米が舞台。航空郵便事業開拓期の人間模様を迫真のタッチで伝える。 1931年にフランスで出版。その年のフ…
トーベ・ヤンソン『小さなトロールと大きな洪水』 ムーミン童話シリーズの最初の作品。 楽しい。あたたかい。ふしぎ。 こんな物語が1945年にかけたなんて。おどろいてしまう。 かいたのは物語の文章と絵。作者のトーベ・ヤンソン(Tove Jansson, トゥーヴェ…
新美南吉「デンデンムシノ カナシミ」(『新美南吉童話集』所収) 童話を再認識するのに遅すぎることはない。 「カナシミハ ダレデモ モツテ ヰルノダ」 このことばを最初に読んだとき、雷に撃たれたかとおもうくらい、こころがゆさぶられた。ちいさな子が読…
小原玲『アザラシの赤ちゃん』 動物写真家の小原玲が20年間撮り続けたアザラシの赤ちゃんの写真集。 見どころはアザラシの赤ちゃんが見せる愛くるしい表情の数々。生後わずか2週間しか見られない貴重な姿。 小原玲はもともと動物写真家ではなかった。戦争や…
天野隆『2時間で丸わかり 相続の基本を学ぶ』 相続税の基礎控除が平成27年1月1日から6割に引下げられた。課税対象者は当然増えた。本書は幸せな相続のために「節税」と「爽族」(争わない爽やかな相続を指す造語)に焦点を当ててまとめた本だ。 基礎控除額は…
高村光太郎「ミケランジェロの彫刻写真に題す」 高村光太郎がミケランジェロを論じて宇宙論に至る文章。 詩人にして彫刻家の高村光太郎には「(私はさきごろ)」というミケランジェロの宗教を論じた文章がある。 これが宗教論としてはいかにも独断的で説得力に…
ジークムント・フロイト『精神分析入門・夢判断 (まんがで読破)』 なかなか読まれない名作を「漫画」の形で親しみをもたせる「まんがで読破」シリーズの1巻。描きおろし。漫画化の担当を行うバラエティ・アートワークスは会社が沖縄県話国場にある。代表の兼…
第150回芥川賞受賞作の小山田浩子「穴」について(『穴』所収)。 ペソアがこんなことを言っている。「良い散文を書くためには、詩人でなければならない。というのも、よく書くためにはいずれにしろ詩人であることが必要だからだ。」 すると、小山田浩子は詩…
芥川龍之介「奉教人の死」(新潮文庫『奉教人の死』所収) 熱心な芥川の読者であっても、さぞかし読みにくい小説ではないか。 けれども、キリシタン物に親しんでいる人や、ヤコブス・デ・ウォラギネ(イタリア・ジェノバの大司教)の『黄金伝説』を知る人には…
大和和紀『源氏物語 あさきゆめみし 完全版(2)』 雲居を想う源氏の姿が印象的な第2巻。 いろいろあって光源氏の北の方(妻)、葵の上が世を去る。これからやっと夫婦の情も通うかと思えた矢先だった。それだけに、源氏は思い断ち切れず、雲をながめ、葵の…
大和和紀『源氏物語 あさきゆめみし 完全版(1)』 死に行く桐壺の更衣は息子(二の宮〔第二皇子〕=のちの光る君、光源氏)にこう言う。「弱かったわたくしがこうしたあなたの母となれたのは……愛が勇気を与えてくれたから……その愛をあなたにのこしましょう…
岡本かの子「快走」 岡本かの子の1938年の小説。2014年の大学入試センター試験の国語の問題に出題された。厳しい冬を過ごす受験生に疾走する勇気を与えるような、すがすがしい小説。 女学校を出て、家の手伝いをしている道子は兄の陸郎の正月着物を縫ってい…
権藤芳一『平成関西能楽情報』 関西演劇評論の重鎮による関西能楽界の現状と展望をまとめた書。 平成にはいってからの評論をまとめてあるので題に「平成」とつく。能楽専門誌に掲載されたものが中心なので、ひとつひとつは短く、読みやすい。 創見に満ちてい…
菊地昭夫『Dr.DMAT〜瓦礫の下のヒポクラテス〜 5』 東京DMAT(災害派遣医療チーム)の八雲医師の活躍を中心にえがくシリーズの第5巻。クラッシュ症候群への理解の必要性を痛感させられるエピソードが取上げられている。 東京都内に大規模地震が発生し、東京D…
菊地昭夫『Dr.DMAT~瓦礫の下のヒポクラテス~ 4』 災害医療(災害現場で施す医療)をめぐるドラマを描く漫画シリーズの第4巻。 TVシリーズも放送されたが、登場人物の内面を深く掘下げた描写は、こちらの漫画のほうに軍配が上がる。特に、主人公の内科医・…
菊地昭夫『Dr.DMAT〜瓦礫の下のヒポクラテス〜 3』 あれから2年。血を見るだけでこわがっていた内科医、響(ひびき)は、現場経験にくわえ、外科での研修などもへて、たくましくなった。 災害の現場で必要な資材や器材がなくとも、即興医療(インプロヴィゼ…
菊地昭夫『Dr.DMAT〜瓦礫の下のヒポクラテス〜 2』 東京DMAT隊員・八雲響の葛藤と成長をえがく第2巻は、人間ドラマとして読みやすい。災害医療は自分向きでないと思い、辞めたいと願う医師の思いと、周囲の状況とが運命的な交わり方をするさまを劇的にえが…
菊地昭夫『Dr.DMAT〜瓦礫の下のヒポクラテス〜 1』 重いテーマにもかかわらず、読みやすい。救急医療(ERなど)はよく知られているが、それとは違う。最新の医療施設の中で1人の患者に対し最大の医療を施せるのが「救急医療」。それに対し、災害の現場という…
北大路魯山人「日本料理の基礎観念」 講習会の記録で、読みやすい。初出は「星岡」第37号(星岡窯研究所、昭和8〔1933〕年12月30日発行)。 見所は、日本料理のことわりを簡にして要を得たことばで歯に衣着せず語ったところ。食するだけの人にも、もちろん料…
宮沢賢治「マリヴロンと少女」 もとになった童話「めくらぶどうと虹」と比べると、かなり読みにくく、むずかしい。会話の内容はほぼ同じであるものの、ぶどうと虹の対話が、少女ギルダと声楽家マリヴロン女史の対話に変わったことで、哲学や宗教の問答のよう…
宮沢賢治「めくらぶどうと虹」 宮沢賢治の「花鳥童話」のひとつ。後に、書き直して「マリヴロンと少女」という作品となる。 両者はよく似ており、全く同じ表現も多い。 けれども、根本的な違いもある。だれでも気づくのは、ぶどうと虹との会話が、後の改作で…
久住昌之『孤独のグルメ 【新装版】』 淡々と綴られた短篇集のおもむきながら、あの頃の雰囲気がしっかり漂ってくる好ましいマンガだ。 主として東京のいろんな場所で食べた食事のあれこれが、気負いもなく、本当に淡々と綴られる。その場の雰囲気も過不足な…
惣領冬実『チェーザレ 破壊の創造者(2)』 第1巻で衝撃を受けたシリーズだが、正直言って、この第2巻では、勉強になる部分もあるにはあるのだが、がっくりする面があった。 一つだけ例を挙げる。「プリマヴェッラ」の表記は一体どうして? と首をかしげる。…
惣領冬実『チェーザレ 破壊の創造者(1)』 これは面白い。15世紀のピサの様子や、ピサの権力闘争の渦中にある人物群がみごとに活写されている。絵も美しい。典拠の資料もしっかりしている。 ほとんど文句のつけようがないマンガだ。当時のイタリアに関心が…
ウォルター・アイザックソン、ヤマザキマリ『スティーブ・ジョブズ(1)』 ウォルター・アイザックソンが書いた伝記『スティーブ・ジョブズ』をヤマザキマリがマンガ化。一言でいって、大変おもしろい。原著を読んだ人でも目を開かせられるだろう。 原著は…
ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエV, VI』 第5巻と第6巻とを合わせて。 第5巻ではルシウスはほぼ日本にいずっぱりである。伊藤の温泉街のためにからだを張って奮闘する。温泉の基幹技術をまなび、裸馬に乗る技術を披露することで本物の古代ローマ人かもしれな…
ヤマザキマリ『テルマエ•ロマエIV』 古代ローマからときどき現代日本にワープしてきていた浴場技師のルシウスだが、本第4巻では日本に長期滞在するはめに陥り、さらに老舗の温泉旅館で見習いとして働き、現代文明のさまざまな面、中でも電力について原始的…
ヤマザキマリ『テルマエ•ロマエIII』 いつもは古代ローマと日本とを予期しないタイミングで往還するだけで、なかなか日本人とコミュニケーションがとれなかった浴場設計士ルシウス。 けれど、この第3巻では温泉街で日本円を手に入れラーメンを注文することま…